「加納 光」の Blog
「ふと感じたこと」
2016.03.01
・・・の つもり
By Kanou Hikaru
あなたの底力は 表にじみ出てしまう。
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50代なかばの「業績向上の人材育成コンサルタント&業績向上ビジネスセミナーの講師」言わば「うまくいく勉強会の せんせぇ」という仕事をしている「おっちゃん」には、これから日本を背負って立つ若い人たちに理解しておいてもらいたいことがあります。
「要領よくやっている「つもり」なのだけれど、いちいち上司からダメなヤツだと評価される」「要領よく就職活動をしている「つもり」なのだけれど、なかなか内定先が決まらない」といった人がドンドン増えていっているように思います。問題は「つもり」・・・の部分です。
こういう人に欠落しているのは「惻隠(そくいん)の情」という「心持ち」・・・ 上司もしかり、就職希望先の面接官もしかり・・・ そういう人たちがチェックしているのは「惻隠の情を持ち合わせている人間なのかどうか?」ということを理解しておく必要があります。
「惻隠の情」などといった言葉は、最近では完全に死語になっています。きっと、若い人に「そういう言葉があることを日常会話の中から伝えていない大人」にも大きな問題があることは否めません。だからといって「大人」に対してモンクを言っても何も解決しません。
「惻隠の情」という言葉は「日本の道徳観・倫理観の大元」を作った「儒教」の教えのひとつです。「儒教」には「孔子」や「荀子」など色々な大先生がイッパイいらっしゃいます。そこが「宗教」と、ちょっと異質なところで、そういう偉大な先生たちの色々な教えの「良いところどり」をして「道徳という教え」にしてしまっているのが特徴です。
そして、何が面白いかというと「西洋の考え方」は「理論から導き出す」ということを重視していた一方で、こういう「儒教」などの「東洋の考え方」は「統計から事実を把握する」といった「理論が、あまり重要視されていないところ」です。
たとえば「急がば回れ」などといった「コトワザ」の元も「儒教のもの」です。この「コトワザ」は「算術的理論から導かれたもの」ではなく「社会的事実から導かれたもの」で、「だって、そうなるからしかたがないだろう」といった「統計結果」が重視され「理論」がブッ飛んでしまっているのです。
さて、話を元に戻しましょう。「惻隠の心は仁の端なり」と言ったのは「孟子」という人。言葉自体が死語になっていますからバラバラに分解しながら意味を説明していきたいと思います。まずは「惻隠の心」・・・ これは「あわれみの心」「同情する心」を意味します。
もっといえば、相手の置かれた立場を「いたまい」と感じること。相手の立場に立って「いたましい」と同情する心のことを言います。「仁」という言葉を使う人が減っているので「仁」もまた死語になっていますが、「仁」とは「無償で愛する」という意味です。
つまり、相手の置かれた立場に立って「いたましい」と相手を思う気持ち。可哀相だと感じる気持ち・・・ これが「愛の原点」であり「惻隠の情」ということ。私は、この感覚を1番上手に日本で訳したのは「夏目漱石」だと思っています。彼の言葉に「可哀相とは、惚れたということよ」というものがあります。まさに、この感覚・・・
この感覚を「キリスト教」では「神は愛なり」・・・などと表現しています。しかしながら「愛」という言葉自体、輸入されてきたもので、日本人には「感覚的な馴染が薄い」ので、「可哀相」と思うことが「愛の原点」と説明した「孟子」の言葉のほうが日本人には受入れやすいものだろうと思います。
「惻隠の心」が大きい人は「自分がラクをしたい」という気持ちより「相手に何かを与えたい」という気持ちが強いのです。それは「チームワークを基盤にした日本企業には、絶対的に必要な資質」と考えられています。
逆に「惻隠の心」が小さい人は「自分だけがラクできれば良い」という気持ちになりやすく「組織戦」を最重要課題とする「企業や組織」には「絶対的に不向き」だと考えられているのです。つまり「自分のためだけに動く人」ほど「仕事の世界」では評価が下がるのです。
ちょっと難しい言葉ばかりが並んでしまい理解しにくくなってしまったかもしれませんね。結局「人は人、自分は自分・・・ 困っている人がいても、あの人は他人だから、自分にメリットがないなら関わらないようにしよう・・・」という人「1番ソンをする存在」と評価されるのが日本社会の特徴です。
「情けは他人(ひと)のためならず(可哀相だと思って、自分がソンすることをわかって上で、その人のために汗をかいて動くことは、結局、周りからの自分への高い評価を集める)」という「コトワザ」通り、日本社会では「オレだけが・・・」という感覚での行動ほど評価が下がってしまうのです。
ここで重要なことは、可哀相だと思う相手のために「辛抱する」「我慢する」のではなく「努力すること」「行動すること」「汗をかくこと」が大切だということ。そして、可哀相な相手が、もっと可哀相なことにならないように、最低でも「可哀相な相手がイヤだと思うこと」は、自分は絶対にやらない・・・ということ。
就職活動をしている人の中に「ボランティアに参加した」という人がいます。しかし、話を聞くと「2通りの人」がいることがわかってきます。一方の人は「自分がバカだと思われても放っておけなかった」という人。こういう人の評価は高くなります。
もう一方の人は「就職活動で自己PRするため」・・・ こういう人は「バカだなぁと思われても・・・」という動きではないため、自分が「ラクをする気持ちを後回しにして動くことが当たり前」と考える社会の中で生きている社会人の前で話をすると、一発で「セコイ心底が露見してしまう」のです。
人間というものは、実に正直にできています。「本当に得意なもの」についての話をさせると「自分へのダメ出し」をします。いつも数学で満点をとっている人は「あの時、あの問題を間違えた悔しさを忘れられない」・・・といった話をしてしまうのです。
逆に「あまり得意ではないもの」についての話をさせると「自己PR」をし始めます。いつも英語で10点とか20点をとっている人は「あの時、80点が取れた。嬉しかった・・・」といった「自慢話」を始めるのです。これは「惻隠の心をもった行動」でも同じこと。
いつも「惻隠の心をもった行動」をしている人は「街を歩いていて、ゴミが落ちていた。拾って捨てようと思ったのだけれど、急いでいたから拾えなかった。それを後悔している」といった小さなことへの自己反省の話をします。しかし「隠匿の心がない人」に限って「自分はボランティアをしにいった」と大きな「自慢話」をしてしまうのです。
要領よくやっている「つもり」なのに「評価」されない・・・ そう思っている人は、小さなことから初めてみてください。「街を歩いている時に、ゴミを見つけたら拾って代わりに捨てる」・・・こうするだけで、あなたの中に「惻隠の心」が芽生え始めます。
そして、その気持ちを加速度的に育て「自分の部屋」を掃除する。要らないモノはドンドン捨てて、いつも使っている大切なモノはピカピカになるまで磨き上げる・・・ ついでに、自分の部屋の外の廊下も掃除をする。そうやって掃除のエリアをドンドン広げて行けば良いのです。
あっ・・・ 気をつけて欲しいことがあります。掃除をしたからといってブログやfacebookに投稿などしないこと・・・ 自慢などしたら何もかも「ダイナシ」です。「普段やっていない」と自分で宣言するようなことになります。
仕事で評価を受ける人、就職内定がドンドン出てしまう人・・・そういう人は「黙ってゴミを拾う。黙って掃除をするのが普通レベル・・・ 自慢するようなことじゃなく、できていないほうがヘンなこと」だと思っています。ゴミを拾うことは、そういう「自分の標準感覚を養う行動」でしかないのですから・・・
・・・というのが「50代なかばの おっちゃん」が25年間「多くの成功者の特徴」を研究し続けて見つけた「誰もが成功する秘訣」だったりするのです。試行錯誤の実験で確認してますから、けっこう当たっているんですよ。
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